5月15日 浅間温泉→松本城→別所温泉(大法寺・安楽寺)→上田城趾→信濃国分寺→海野宿→小諸

朝の六時に起き、のんびりと一時間ほど温泉につかる。朝食をいただき、松本城へ。その後、上田の別所温泉にむかう。信州の鎌倉と呼ばれるこの別所温泉の周辺には、鎌倉時代末期に造られた塔がある。まずは「大宝寺三重の塔」。「見返りの塔」と呼ばれるそうだが、確かに美しい塔だ。1333年の造営とのことだが、周囲の風景に見事にとけ込んでいる。後で知ったことだが、古代の東山道はこのあたりを通っていたとのこと。かなり古い時代からこのあたりには人が住みつき、生活を営んでいたのでしょう。

大宝寺三重塔(国宝)

鎌倉幕府が滅びた1333年に建てられたそうです。塔の形式は純和様で、初層二手先、二・三層三手先で、二三層の軸部が細くしまり、軒が深く軽快な、しかも安定した姿が賞され、組勾欄や平行する二重繁垂木、隅の部分だけで反り上る水平の軒線、桧皮葺の屋根、初層の盲連子窓や両開きの板唐戸やかえる股など、和様建築を学習する良い資料と言われています。写真のように背後から見た姿が美しいそうです。

安楽寺八角三重塔(国宝)

鎌倉時時末ごろ塩田平に居館を構えて、信濃に威を張っていた、北条氏の力によって造られたものらしい。この塔は八角形であることが重要です。八角形の塔は全国にこの塔一つだけということです。一番下に裳階(ひさし)がついていて、一見、四重塔にみえますが、正確には「裳階付三重塔」というのが正しいのだそうです。八角という塔は日本では珍しいのですが、中国の塔というのは大体八角が普通なのだそうです。中国からの留学僧か、帰化僧がこの塔の建築に関ったのかもしれません。

別所温泉から車で上田市街へ。上田城趾の駐車場に止めて城趾を歩く。昨日訪れた松代に真田氏が移る前の領地だ。徳川の大軍を二度にわたって撃退した城としても有名だ。真田氏の城としては上州の沼田城もあるが、そこと同じように河岸段丘上に城が築かれている。南面は千曲川の支流である尼ヶ淵に面した断崖に臨み、他の三方は城下町と河川とを巧みに配していて、周囲一帯を極めて堅固な防御陣地としている。写真は本丸の大手門と北櫓。北櫓は明治維新の廃城の際、一時期「遊郭」として使われていたそうです。
上田城の城域模型
本丸西櫓と西虎口石垣
大手門
信濃国分寺跡と現信濃国分寺を見学し、海野宿へ。海野宿は寛永2年(1625)に北国街道の宿駅として開設されたそうで、佐渡金山、善光寺参り等の旅人で賑わったそうです。明治に入ってからは養蚕で栄え、往事のにぎわいを彷彿とさせる街並みが650メートルにわたり残っている。うだつや海野格子など観察でき.煙を抜く櫓が大屋根の上にのっかているの建物も多くみかけられた。写真はそでうだつ。「うだつが上がらない」の語源となっている。
海野宿のあとは小諸の「懐古園」へ。ここは小諸城趾で、城下町よりも低い位置にある「穴城」として全国的に珍しい存在だそうです。天然の要塞となっている深い空堀や苔むした野面積みの石垣が昔日を偲ばせています。また、島崎藤村の詩で有名な場所ですが、あまりに観光地化されていて、ちょっとがっかりでした。写真は重文の三の門で、同じく重文の四の門(大手門)は修理中で見学はできませんでした。
結局は、信州の古城と塔を巡る旅になってしまいましたが、塩田平のふたつの国宝三重の塔が印象的でした。都から東へ向かい松本平から錦織駅を経て保福寺峠を越え、小県郡に入るという古代の東山道。もう少しこの道のことを知りたくなった旅でもありました。
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