2007年4月30日 丹沢 

みやま山荘(泊)〜不動の峰〜鬼が岩〜蛭が岳〜地蔵平〜姫次〜黍殻山避難小屋〜青根

4月29日  天候  晴れ
6:55 みやま山荘 発 10:40 姫次 昼食休憩 30分
7:20 不動の峰 12:00 黍殻山非難小屋 出発
8:40 蛭が岳 山頂 12:40 青根へ下る尾根道 途中の沢
9:10 蛭が岳 出発 13:30 林道に出る
10:10 地蔵平 14:35 青根の部落着 東野バス停
写真はこのページにあります。→クリックしてください。
5時30分に起床。朝日が東の樹林の間から登ってくる。コーヒーを湧かして飲む。次々に朝食を終えた人たちが立っていく。水を買う人、お弁当を持っていく人、あわただしい時間が過ぎていく。そんな中、小屋主の石井さんや奥さんと会話を交わすことが出来た。私たちは昨晩と同じように3まわり目の朝食。具たくさんの炊き込みご飯。2杯もいただいた。エネルギー充填完了。6時55分に小屋を出発。蛭が岳に向かう。富士山がとにかくきれいだ。今日も天気は良い。
妻も調子が良さそうだ。不動の峰でお不動さんにお参りをし、鬼が岩のクサリ場を慎重に下っていく。終始、富士山を正面に眺めるこの道は快適だ。蛭が岳の登りの登山道に鹿の死体が転がっていた。無惨だった。つい最近(昨晩か?)に死んだようだ。冬場を越えられなかったのか、病気なのか。登山道わきにどかしてあげようかとも思ったが、思わぬ病気を持っているかもしれないので止めておいた。
蛭が岳の山頂に8時40分着。妻がトイレを借りに小屋に行く。トイレの料金は100円だったとのこと。200円だったが、皆から「高い」とクレームがあったので安くしたと小屋主の方がおっしゃってたとのこと。「うーん」。本来ならば入山料を取っても良いと私は思っているのだが。そのお金でトイレを作るなり維持管理するなりすべきではないだろうか。とにかく南アルプスの遠望は見事だった。
蛭が岳からはほとんどの人たちが西丹沢に向かう。私たちは妻の調子が今ひとつなので道志方面に下ることにする。蛭が岳からの下りの最初はひどい道だった。せっかくの登山道が雨水で流されてしまい、木枠が露出している。こうした登山道の整備も入山料などでまかなえないだろうか。400メートルほど下ったところからは快適な登山道が続く。丹沢の裏側にはまだまだ広葉樹林帯が色濃く残っている。この樹林を後世に残したいものだ。ただ、どの木も冬枯れの様子。新緑まではまだ数週間かかりそうだ。

姫次で昼食休憩。黍殻山の避難小屋に向かう。この小屋は20年ほど前に何度か友達と二人で訪れた懐かしい場所だ。ここまで酒を持ってあがり、月見をしたり語り合ったりした。青春の1ページ(^^)/をかざった場所だ。懐かしかった。トイレをすませ、稜線をちょっともどっていよいよ青根への下りとなる。標高差で700メートルほどを下っていく。妻の調子が再び悪くなってきたので、だましだまし下っていくことにする。
標高で800メートルあたりまで下ると新緑の世界がはじまる。途中の沢で小休止。顔を洗う。妻は足の調子が悪いようだ。靴があたって指の付け根が痛むという。とにかく頑張ってもらうしかない。45分ほどで林道に出る。見事に手入れの行き届いた植林地帯だ。あの水源税を利用した事業なのだろうか。林道もとてもりっぱなものだ。妻は靴のひもをゆるめ、ストレッチを繰り返しながら下っていく。
林道歩き1時間ほどで青根の集落に。途中でタクシー会社に電話を入れ、東野バス停までタクシーをよんでおいた。津久井町も相模原市と合併し、きっと数年後にはこの青根の集落から農協も、役所の出張所も、学校もなくなっていくのだろう。こんな田舎軽視の政策を続けていいのだろうか。バス停で困っていたご夫婦に声をかけ、タクシーに同乗してもらった。連休の渋滞がひどいということなので、三ヶ木までのつもりだったが、橋本駅まで裏道を行ってもらうことにした。料金は8,260円。一人2,000円ちょっとだった。
表紙のページにもどる