2003年8月6日〜8日

8月6日、八王子発の特急「スーパーあずさ」で松本まで、松本電鉄に乗り換えて新島々、バスに乗り換えて上高地へと。午後1時頃の上高地は雨混じりの天候にもかかわらずたくさんの観光客でにぎわっている。河童橋からの眺望も全くない。コンビニで購入したおにぎりを2個食べて、雨具を着て出発する。今日は横尾山荘泊まり。ゆっくりと歩くつもりが冷たい雨の中自然と早歩きになってしまう。明神まで45分。徳沢まで55分。横尾まで50分。横尾の山荘も人でごったがえしている。幸いにもベットの部屋に入れたので良かった。風呂に入って身体を暖め、早めの夕食をとって8時過ぎには就寝。明日に備える。下記ページに写真がアップしてあります。

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8月7日、午前7時30分。涸沢に着く。横尾を4時50分に出発したから2時間30分ほど。いいペースだ。涸沢はカール(氷河に削り取られた地形)の跡をくっきりと残している。前穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳と3000メートルを越える山々を背景にした涸沢の雄志は、見るものを圧倒する。ちっぽけな人間が裸で自然と向き合うことの出来る貴重な空間だ。大学生の頃、山のサークルに所属していた。入学して数日後、キャンパスを歩いていてふと目に止まった看板にさそわれて講演会を聞いた。植村直己の講演だった。その人は夢を語っていた。その数日後には中央アルプスに登っていた。大学の4年間はとにかくよく登った。自分の分の学割は使い果たし、友達から学割をもらっては山に登った。でも、卒業してからは数年に一度の間隔になってしまい、ここ数年は森林限界を越えての山登りとは縁遠くなっていた。そんな私だったが、ちょうど一年前に一念発起してトレーニングを開始。週に4回程度はジム通いをして身体を鍛え直した。体重も一年で10Kgほど絞ることができ、今年は丹沢、南ア薬師岳と登り、今回の北ア穂高山行となったわけだ。何で山に登るのだろうか。明確な答えはない。ただ、一歩一歩の小さな歩みの積み重ねで、あんなにすごい所まで自分を運ぶことができる。それを確認できるだけでも山に登る価値があると思っている。涸沢から雪渓の残る登山道をつめていく。ハクサンイチゲやチングルマなどの白や黄色のお花畑が広がる。1時間30分ほどで、ザイデングラードと呼ばれる岩場の取り付きに着く。ここからは自分の能力だけが頼りの岩との格闘がはじまる。冗談でなく、死と隣り合わせの世界だ。下を見ると足がすくむような高度感のある岩場が連続する。今の日本の中にこんな場所は他にあるだろうか。人間が「素」の状態で自然と向き合うしかない。そして、こちらがちょっとでも気を抜くと自然は容赦なく襲いかかってくる。気持ちを落ち着かせ、慎重に足を運ぶ。三点支持を守り、岩場をぬける。昔取った杵柄。20年も前に先輩にたたき込まれたアドバイスを思い出す。11時30分。穂高岳山荘に到着。3000mの稜線上によくもこんな山小屋を建てたものだ。一息ついて涸沢岳、奥穂高岳へと空身で往復をする。奥穂への登りはいきなり垂直の岩場の連続だ。はしごや鎖をかけてまでこんな所を登ろうとする人間って何なんだろう。前を行くおじさんも岩場を前に顔がこわばっている。そして、気合いを入れて最初の岩に手をかけた。自分もあんな顔をしているのだろうな。さあ、気合いを入れて行くぞ!あいにくの天候で一瞬のうちに山はガスに包まれてしまった。展望は何もない。晴れていれば遠く中央アルプスから南アルプス、富士山までも見えるはずなのだが・・・。さあ、気を取り直して下山だ。台風も近づいているので、予定を変更して涸沢まで今日中に下りることにした。ザイデングラードの鎖場で突然の雨。雨具を取り出して着るスペースもない。しばらくじっと我慢して動かないでいる。雨の中で動くのは危険だ。5分ほどで雨が通り過ぎる。全身ずぶぬれだ。何とか岩場を通り過ぎ、4時には涸沢ヒュッテという小屋に到着。久しぶりの本格的な単独山行は、自分の弱いところをはっきりとわからせてくれた。もう一度鍛え直して山に挑もう。そんな初心に返ることの出来た単独山行だった。下記ページに写真がアップしてあります。

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上高地/明神付近
横尾山荘の夕食
朝日を浴びる屏風岩
涸沢
前穂高岳
ザイデングラード
奥穂への取り付き
雪渓
涸沢ヒュッテの夕食
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